道玄坂ロック -dogenzakarock- 音楽レヴュー

渋谷道玄坂のロックバー。 約7000枚のLP+CDをアトランダムに個人的な好き嫌いを多分に含みレヴュー。 http://dogenzakarock.com/

2015年11月

1200x1200-75
-----------------------
【A】
1.ジェット警察
2.これが私の生きる道
3.Cake Is Love
4.愛のしるし
5.春の朝
6.レモンキッド
7.小美人
【B】
1.ネホリーナハホリーナ
2.哲学
3.De Rio
4.サーキットの娘
5.渚にまつわるエトセトラ
6.Mother
-----------------------
パフィーの2nd。
名作。 

男性ファンだけでなく、同世代女子と音楽面のシャレを理解できる通な大人を巻き込んでミリオンセラー。

音楽では「~のような」という表現を褒め言葉として使うことは少ない。
オリジナル曲は過去の何にも似ていないことを良しとすることが多い。
しかし、その考えはこのアルバムを聴くと時代遅れだと気付く。
収録曲はどれもどこかで聴いたことのあるアレンジだが、過去の名曲に愛を込めてオマージュする潔さこそ粋であるというハイセンスなポリシーを感じ、実にカッコよい。
 
サウンドプロデュ―スの奥田民生さんは、楽屋落ちに近い懐の深いノスタルジックなパロディを完璧なプロダクションで聴かせてくれる。

Won't Get Fooled Again(The Who)の「ジェット警察」、Day TripperとTwist&Shoutの「これが私の生きる道」、テープエコーで60年代キャンディーポップ「Cake Is Love」、Bad Fingerのようなアップルサウンド「愛のしるし」、CarpentersとBreadをブレンド「春の朝」、Rickie Lee Jonesばりのブルーアイドジャズ「レモンキッド」、Black Sabathとking CrimsonとAbbey Roadのコラージュ「小美人」、Nick LoweのようなR&B+ブリットポップ「ネホリーナハホリーナ」、岡林+Joan Baezのプロテスト「哲学」、Bad Company+Freeの「De Rio」、60年代LAのサーフ&モーター「サーキットの娘」、ELOとThree Digreesを合体させた「渚にまつわるエトセトラ」。

このアルバムがリリースされた1998年の日本の音楽事情はというと、ちょっと混沌としていて、Xのhideさんが自殺し、GLAYやL'Arc-en-Cielがヴィジュアル系と呼ばれることに抵抗感を表すようになり、ゆらゆら帝国とスーパーカーがデビューして、ケムリやバッファロー・ドーターやギターウルフがアメリカに進出し、ボアダムスのサイケデリックなレイヴが受けていた。
パフィーのわかり易いポップスがロックファンに受けたのはそんな環境の反動かもしれない。 


8a4222a4-----------------------
【A】
1. Rock 'n' Roll Star  
2. Shakermaker  
3. Live Forever  
【B】
1. Up In The Sky  
2. Columbia  
3. Sad Song  
【C】
1. Supersonic  
2. Bring It On Down 
3. Cigarettes & Alcohol  
【D】
1. Digsy's Diner  
2. Slide Away  
3. Married With Children 
-----------------------
オアシスの1stアルバム。

90年代の“クール・ブリタニア”を音楽の世界で先導したオアシスのデビュー作にして、僕にとってはオアシスの最高傑作。彼らは自らのこのアルバムを越える作品を出せないままに2009年に解散してしまった。

90年代前半は音楽の世界では、ブリティッシュ・インヴェイジョンとまではいかなくても、ちょっとしたUKブームが起こっていて、音楽や映画はもちろんファッションもUK=クールった。
ネオモッズと呼ばれパンツやジャケットが細くなりサイドゴアブーツが流行りシャツの襟も小さくなった。
そんなムードのなか、音楽においても媒体ではそれまではRO誌ぐらいでしか扱われていなかったハッピー・マンデーズやストーン・ローゼズ、ニュー・オーダー、シャーラタンズなどいわゆるマッドチェスターがマイナーなダンス音楽からメジャーなものに移行していった時期だったと思う。

多くの音楽好きな人達の生活にUK色が混じり込んでいった勢いに乗って登場したオアシスは、その頃の多くのUK音楽が得意にしていたリズム重視のレイヴものとは全然違うストレートで分厚いロックアレンジを掲げて真正面から殴り込みをかけてきた印象だった。

このアルバムが発売された前後、今は無き、新宿のローリングストーンにはBlurのParklifeと横並びでで壁にレコードジャケットが飾ってあった。(1994年の初来日時にはオアシスのメンバーがローリングストーンに立ち寄りったそうな)
僕はこのアルバムをブラーのパークライフと一緒にリアルタイムで購入したが、しかし、このアルバムの出来はそこまで絶賛されるほどのモノだろうか?というのが当時の僕の感想で、一度か二度聴いて放ったらかしにしていたと思う。

ギターリフがルーズに延々続く演奏は個人的にはかなり退屈で、彼らの当時のキャッチフレーズだった「現代のビートルズ」には全く思えなくて、ブラーの変則リズムとメロウなコードで奏でられるポップアルバムの方がよっぽどビートルズを継承していると感じたし、バンドの内輪モメやトラブルが絶えないスキャンダラス性がなんだかわざとらしく、そういった不良的な演出が幼稚であまり魅力的ではなかった。
ただ、リアム・ギャラガーの天才的なメロディメイクと、22歳とは思えない貫禄のあるボーカル力だけは圧巻で強い光彩を放っていた。でもリアム以外のメンバーに魅力を感じなかったんだ。

僕がこのアルバムが絶賛され続けている理由がわかったのは大分後になってからだ。

60年代に世界を席巻したマージービートの輝かしい栄光と、70年代のサイケデリックの残骸+パンクのボルテージ、そして、マッドチェスターの残り粕ではあるが純度の高いグルーヴのエッセンスがミックスされた「クール・ブリタニア」の体現化であり、偉大な遺産である≪Made in Britain≫の覆刻をテーマとしてあらゆるブリティッシュロックサウンドを形象化している。
大げさに言えば、このアルバムはブリティッシュロックの歴史が混じり合う四つ角で当時のイギリスそのもののムードを表現している。
ついでに言えば、オアシスは当時のイギリス国を挙げての「クール・ブリタニア」の管制の役割を担っていたらしい。ノエル・ギャラガーはブレアの当選の祝辞を述べたほどだから。

このアルバムを英チャートナンバーワンに送り込んだことで、ギャラガー兄弟が演じた“労働者階級の英雄”のイメージは、ビートルズ時代の「スウィンギング・ロンドン」の復活という意味においてルネッサンスとなっている。
そして、その飾り気のないある意味気高い姿勢は、アルバム1曲目にぶち込まれたこのアルバムの最高傑作曲「Rock 'n' Roll Star」に現れていて、この曲はオアシス以降全ての純正UKロックミュージシャンのアンセムとなっている。

結局、このデビューアルバムの空気こそオアシスのアイデンティティの源でありメンバーとっての不変的な血の根幹でもあるはず。

僕はオアシスのライブを生で何度も観たけど演奏はいつも退屈だった。
尚更のこと、パッケージにレコーディングされたこの荒削りな作品こそがこのバンドの権化と感じた。
そしてオアシスが日本にブレイクさせた「クール・ブリタニア」が1996年に『トレインスポッティング』を日本でヒットさせUKのイメージを定着させた。

1994年のちょうどこの頃、僕はロンドンに1週間旅行したんだ。
ホテルのテレビでは何度もこのアルバムのCMとMVが流れていたし、街中のビルボードにもチャーリー・ワッツ・トリオのツアー告知と一緒にポスターが貼りまくられていたのを憶えている。
随分アイドル的な扱いだったな。
日本ではロックバンドだったが本国イギリスではアイドル扱いなのかもしれないと感じた、当時は。

日々気になった音楽について、個人的な思い入れを多分に含んだカタチで、なるべく時間が許す限りレヴューしていこうと思います。
あくまで僕の気分で書き綴るに過ぎないので、その音楽に対してあまり良くないことを書いたとしても気にせず軽く読み流して下されば幸です。
 

このページのトップヘ